優勝候補として名前も挙がった今年のセンバツ。しかし開幕前日にコロナによる出場辞退。春の大会後は左ヒジを痛めるなど、自身もチームも一度はどん底を味わった。この夏、底力を見せることはできるのか?復活を目指すプロ注目左腕を取材した。春の大会後に発症した左ヒジ痛――あとで話をお聞きしたいので、よろしくお願いします。京都国際高校のグラウンド脇。汗を拭う森下瑠大に声をかけると、森下は複雑そうな笑みを浮かべて「はい」とうなずいた。その微妙な反応から、「本当は取材がイヤなのだろうな……」と察せずにはいられなかった。取材する立場から述べるのもおかしいが、森下がそんな反応を見せるのは無理もない。今春の選抜高校野球大会(センバツ)の出場を辞退したとはいえ、森下は大会の目玉選手だった。前年には春夏連続甲子園に出場しており、名実ともに高校野球界のスター。当然のように、取材は殺到している。高校野球の取材者は、必ずしも高校野球の事情に詳しい人間ばかりではない。かつてあるドラフト1位指名選手から、こんな嘆き節を聞いたことがある。「いろんな記者に同じ質問ばかりされるんです。『野球を始めたきっかけは?』と聞かれるたびに『また答えるの?』って。練習時間も削られるし、うんざりしました」 森下も少なからず同様の不満を抱いているに違いない。そこで「なるべく今まで聞かれなかったであろう質問をしますね」と森下に告げると、表情が少しやわらいだ。自らハードルを上げてしまった感はあったものの、森下のインタビューは無事スタートした。とはいえ、森下は長らくマウンドから遠ざかっているという、気になる事情もある。まずは左ヒジ痛から回復途上の体調について聞いてみた。「だいぶ投げられるようになってきて、予定通り順調にきていると思います。6月の1週目からリハビリを始めて、まったく投げられない状態から段階を上げて、3週目に入った今では7割くらいまで回復してきました」センバツ開幕前日にチーム内にコロナのクラスターが発生したため、大会を出場辞退。その後、森下もコロナに感染し、最大で38.7度の高熱にうなされた。2週間の休みを経て復帰後、森下の体に異変が生じる。「春の大会が始まった頃から、ヒジが痛むようになったんです」チーム内では同時期に体の痛みを訴える者もいたことから、「コロナ後遺症」とも報じられた。病院での診断の結果、ヒジ周辺の筋肉の炎症だった。自信があるのは投球の幅コロナによる出場辞退、左ヒジ痛。「なぜ自分ばかりこんな目に?」と不条理さを覚えても不思議ではないのでは。そう尋ねると、森下はこう答えた。「コロナは誰がかかってもおかしくないものですし、今は『こういう試練を与えられているのかな』……ととらえています」投げられない期間は、下半身の可動域を広げること、体幹や肩周りの筋力をつけることに注力した。取材当日の6月23日は30~40メートルほどの中距離で、キャッチボールをこなした。軽い力感の腕の振りでも指先でしっかり弾いたボールは、重力に逆らうように捕手のミットに伸びてくる。「腕を振る怖さはちょっとある」と打ち明けつつも、順調な回復ぶりをうかがわせた。現在の体調を把握したうえで、森下に聞いてみたかったことをぶつけてみた。高校2年秋時点での最高球速は143キロと、とりたてて速くはない。打者の手元で伸びる好球質と、高精度の変化球を思うままに操る投球術で、森下は高校生とは思えない総合力を発揮している。この投球を下支えしているのは、森下の高い思考力にあるのではないか。そんな印象を伝えると、森下は少し考えてからこう答えた。「僕は球速がそこまで出るタイプではないので、配球をよく考えるようにしています。投球の幅は他のピッチャーよりはある自信があります」この言葉を聞いて、マウンド上で涼しげな風情の森下が頭に浮かんだ。1球1球を全力投球するのではなく、できる限り体力をセーブしながら試合を投げ抜く。それが森下のスタイルなのではないか。そう尋ねると、森下はこう答えた。 「僕のピッチングの目標は、球数を減らしつつ0点で抑えながら、夏を戦い抜くことです。1人の打者への球数をいかに減らせるか。場面によっては力感なく投げることもあって、全球全力で投げるピッチャーより疲れない自信があります」日本一を獲ることしか考えていません投球論が核心に迫ってきた。具体的なテクニックについて聞いていくと、森下はますます饒舌になった。「打者が1巡したところで、だいたい傾向がわかってきます。基本的に真っすぐを狙われることが多いので、カットボールのような速い変化だとちょうどよく引っ張られてしまう可能性があります。そんな時はカーブでタイミングをずらせば、簡単にストライクがもらえます。スライダーを待たれていると感じた時は、変化球のなかでもっとも速いカットボールを投げれば、凡打になりやすいです」森下は打者の様子を観察して、狙い球を察知するという。そんな話の流れから、「もしかしてネクストバッターズサークルの様子も観察していますか?」と聞くと、森下は「はい」と即答した。「バッターがネクストで素振りする位置は、その選手の一番好きなコースですから。無意識で振ってるバッターも多いので、その裏をかけば簡単にカウントが取れます。ただ、なかにはこちらの裏をかくように素振りをする頭のいいバッターもいるので、注意が必要ですけど」森下の投手としての真髄に触れた気がして、ゾクゾクした。この「ネクストでの観察」を今まで取材時に聞かれたことはあるかと問うと、森下は苦笑しながら「何回かあります」と答えた。野球の本場・近畿地区は、記者までハイレベルだと痛感した。最後に今夏について尋ねると、森下はこう答えた。「投げる試合は全部完封して、打ってはチャンスで一本出すこと。日本一を獲ることしか考えていません」高校最後の大会を万全の態勢で迎えられたわけではない。それでも、森下の類まれな思考力と洞察力をもってすれば……。森下瑠大にとって真価が問われる夏がやってきた。(取材・文・写真:菊地高弘) 関連記事 【京都国際】この夏は総力戦!センバツ辞退の悔しさを晴らす2022.7.19 学校・チーム 【京都国際】選手座談会|先輩後輩関係なく自分の意見を言える!それがこのチームの良さ!2019.11.26 選手 【京都国際】試行錯誤と新たな試みで見えてきた甲子園2019.11.25 学校・チーム 【京都国際】狭いグラウンドで磨き上げられる内野守備2019.11.18 学校・チーム
元記事リンク:【京都国際】プロ注目左腕・森下瑠大「日本一を獲ることしか考えていません」