主体性、自律力が問われる機会となった今回のコロナ禍。昨秋の北信越大会8強で21世紀枠候補にもなった古豪・福井県立敦賀高校は休校中に心の成長を遂げたチームの一つです。「自分たちは一生『コロナ世代』と呼ばれると思う。この経験は現在高校3年生にしかわからない価値観がある」と高木風真主将が言い切ったという話も含めて、吉長珠輝監督(34)に電話でお話しを伺いました。コロナショックでスポーツイベントが次々と中止になる中、日本トップリーグ連携機構代表理事・川淵三郎会長が「#無観客試合を変えよう」というハッシュタグを発信した。敦賀野球部はこのテーマについてミーティングをし、「夢観客試合」という言葉を思いついた。「『無』ではない。『夢』がつまった試合にしよう」と。この様子を見ていた吉長監督は「子どもたちの発想力というのはおそるべし、ですね」と感心した。 甲子園中止に「悔しいなら声を上げろ!」 福井県では7月18日から独自大会「福井県高等学校野球大会」が行われる。敦賀の選手たちも大会に向け、6月1日から制限付きで部活を再開。6月20日には紅白戦もできるようになった。現チームは昨秋の県大会で準優勝。21年ぶりの北信越大会出場を果たした。長野日大に4-1で勝利し、ベスト8入り。春4回、夏17回の甲子園出場を誇る古豪の躍動に期待の声が集まった。昨年12月には21世紀枠の全国9校に選ばれた。手作りのグラウンドで練習工夫を行っていることや、勝利至上主義を真正面から考え直す姿勢が評価された結果だった。 敦賀は昨秋21年ぶりの北信越大会で8強入りを果たし、古豪復活を予感させた センバツ出場の朗報は届かなかったが、夏の甲子園を目指し努力を積んだ冬。見守ってきた吉長監督は複雑な思いも吐露する。「選手たちはセンバツ落選から心折れず、本当によく頑張ってきました。それだけに、夏の甲子園が中止になったときは、言葉に表せないくらい悲しかったです。でも前を向かないといけない。選手たちには『悔しいなら、自分たちの声を上げろ』と翌日のミーティングで(SNSを通して)話をしました」。数日後、選手たちから「代替大会があった場合は参加したい」との声が上がった。その「声」には代替大会への率直な要望が書かれていた。・選手登録は25人に増やしてほしい。・人数の多いチームが2チームに分けてほしい。・電車、バス移動は禁止に。駐車場が混まないようルールを決めてほしい。・無観客試合は嫌だ。家族なども呼べるよう、観客制限試合にしてほしい。・プロ、大学のスカウトの人は入れてほしい。 「僕たちは一生コロナ世代と呼ばれ続ける」 全学年、女子マネージャーも参加しての、代替大会“討論会”。吉長監督は「なるほど。そんな考えもあるのかと驚きました。選手たちが次々と豊富なアイディアを出すのを見て、自粛期間の間、大人たちは何をしていたんだろうとさえ思いました」と自分を振り返ったと言う。4人制キャプテンの一人、高木風真主将(3年)は、吉長監督にこんなメールを送っている。「自分たちは『コロナ世代』と一生呼ばれ続けると思います。ただ、自信があります。胸を張れます。この経験は現在高校三年生にしかわからない価値観があります。(略)吉長先生を甲子園に連れて行きたかった。本当に。お父さん、お母さん、保護者の方を甲子園に連れて行きたかった。最後まで感謝しきりになってしまい申し訳ないと思いました。ただ、この先なにがあろうと負けない自信があります。この世界を変えていけるのは自分たち一人一人の力だと感じると、楽しみで仕方ありません。権力や立場上どうしようも出来ないことが多々あります。ただ関係ありません。もう前を向いて、立派に生きていきます!」。 休校中に手作りマスク100枚を市社協に贈ったマネージャー4人が「小さな親切運動」本部から表彰された 吉長監督の目頭が熱くなった。ミーティングで「コロナ世代を悲しい世代にするのか、前向きな世代にするのか、どっちなんだ?」と選手に問いかけたあとの返信だったからだ。井坂翼主将(3年)は「(代替大会は)仲間との思い出を作りたい。全員で勝ち抜きたいと思う」と話し、勝つことが仲間との思い出につながるということを皆に伝えた。吉長監督は「この世代は我慢強さがある、尊敬されるべき世代になってほしい。3カ月も自粛を我慢して、今も制限が続く中で部活を楽しんでいる。この経験は社会に出たときにきっと役に立つはずだから」と話した。「お子様ランチ」はなぜ誕生したのか? 試合形式の練習でマウンドに立つ吉長監督。高3夏は福井商の主将として甲子園出場した 吉長監督は休校中、SNSを通じて選手たちにいろいろな話をしてきた。その中に「お子様ランチ」の話があった。~1930年、日本が不景気で希望が見えない中、あるデパートが「子どもたちには夢のある食事を与えたい」との願いを込めて「御子様洋食」を提供した。これがお子様ランチの始まりだった~という誕生秘話だ。「苦しいときこそ、子どもたちには希望を捨てずに頑張ってほしい。それを応援するのが大人の役目です。甲子園につながらない高校野球は意味がないという声も聞こえますが、果たして本当にそうなのか。選手たちが答えを見せてくれるはずです」。「夢観客試合」がその発表の場となるに違いない。(電話取材:樫本ゆき/写真:敦賀野球部提供) 監督PROFILE 吉長珠輝(よしなが・たまき)1986年(昭和61年)3月27日生まれ。福井県出身。福井商では主将、捕手兼内野手を務め高2春、3年夏の甲子園出場。同志社大学準硬式野球部でプレーし主将、関西選抜に選ばれる。卒業後は福井商に4年勤務(副部長)。2012年4月に敦賀に赴任。7月に監督就任。商業科教諭。 関連記事 【玉野光南】「声」の大切さを再確認、代替大会でNo1を目指す2020.6.16 学校・チーム 2020年 高校野球 全国の独自大会開催状況まとめ(6/15時点)2020.6.15 企画 【唐津工業】「がばい旋風」で球史に名を残した副島監督、代替大会で「1勝」目指す2020.6.5 学校・チーム 【聖光学院】野球を愛しているから目指す「心のなかの甲子園」2020.5.26 学校・チーム 「最後まで選手たちと向き合う」。諦めない指導者たち2020.5.20 企画 自粛を乗り越えた力。「生きる力」に。2020.5.20 企画 音楽で元気だそう! 【イケてるブラバンなう!!】総集編! 2020.5.28 企画 悩む君たちへ。ハングリーな元選手たちがZoomでメッセージ2020.6.4 企画
元記事リンク:【敦賀】センバツ落選から立ち上がり、「夢」観客試合で思い出を作る