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高校野球の頂点に辿り着いた名将たちにも、失敗や後悔、苦い敗戦があった——。昨年発売された『甲子園優勝監督の失敗学』(KADOKAWA)の中から、高校野球指導者の方に参考となる部分を抜粋して紹介します。今回は仙台育英・須江航監督の章の一部を紹介します。仙台商に敗れたのが7月17日。早すぎる夏の終わりとなった。ここからの流れとしてよくあるのが、翌日に改めてミーティングを行い、3年生の頑張りを労ねぎらい、グラウンドや寮の掃除をして、退寮の準備をする。簡単にまとめてしまえば、「今までお疲れさま。ありがとう。それぞれの道に向かって、頑張っていけよ」ということだ。だが、須江監督が取った行動はまったく違うものだった。敗れたばかりの3年生に、「仙台育英で学んできた野球を後輩たちに伝えてほしい。7月いっぱいが、自分たちの甲子園だと思って戦ってほしい」と伝え、7月31日まで練習に参加することを求めた。そこで、監督として3年生にお願いしたことが2つあった。ひとつは、翌年のセンバツを目指す下級生と紅白戦を行いながら、仙台育英の野球を教え、伝えること。須江監督はこれを「伝承試合」と名付ける。名前を変えるだけで、まったく違う重みが生まれる。毎年7月に入ると、夏のメンバーを外れた3年生と下級生の「伝承試合」が組まれる。県大会が第一試合であれば、球場からバスで戻ってきて、午後から2試合。3年生にとっては、甲子園のベンチ入りをかけた試合であり、真剣勝負の場。本気の戦いだけに、下級生も学ぶことが多い。もうひとつは、2021年夏からスタートした新チームの歩みを振り返り、「良かったこと、改善してほしいことなどをチームに向けてプレゼンしてほしい」というお願いだった。監督が良かれと思って取り組んできたことも、選手たちからすれば、「そこはほかのやり方があったんじゃないですか?」と感じたことがあるかもしれない。須江監督としても、〝生の声〞を知りたかった。そこで、率直な意見として出たのが、「チーム内競争」に対する向き合い方だった。「1年中、熾烈なメンバー争いが行われているため、自分のプレーやフォームに落ち着いて向き合う時間がなかなか取れない」「大会ごとにメンバーが入れ替わっていたので、試合中の声かけやグラブ渡し、水分補給など、細かいところでのサポートにズレが生じることがあった」近くで3年生のプレゼンを聞いていた須江監督も、「たしかにその通り」と頷ける部分があった。映画のようなタイムマシーンは、この世に存在しない。でも仮に、タイムマシーンがあれば、指揮官にはもう一度戻りたい時期がある。「彼らが2年生の冬です。センバツに向かっていくところに戻りたいですね。島貫を中心にものすごく意欲が高く、取り組みに優れた選手が多いチームでした。そのために、ギリギリまで競争をさせて、全員にチャンスをあげたいと思ったんです。その結果、チーム内での競争が激しくなりすぎて、チームの成熟、個の成長にまでは向かわなかった。チャンスを与えることがメインになっていました」「日本一激しいチーム内競争の先に、日本一がある」これが、須江監督の揺るがぬ信念である。ただ、チームを作っていく中でメリットもデメリットもあることを実感した。メリットは、すべての選手にメンバー入りの門戸を開いているため、モチベーションが落ちることがなく練習に取り組めること。デメリットは、3年生のプレゼンにあったように、自分と向き合う時間をなかなか取れないことだった。「レギュラーであっても、常に競争の中にいました。紅白戦や練習試合で数字を残せなければ、メンバーを外れる危機感が常にある。そうなると、自分のフォームと向き合ったり、トレーニングで追い込んだり、新しいことを試すことがどうしても難しくなる。競争を激しくすることが、チームの強さにつながると思っていましたが、センバツで負けて、夏は県大会で負けたことによって、そうではない部分を感じたのはたしかです」たとえば、ウエイトトレーニングでフィジカルの強化を図りたいと思っても、疲労が溜たまった状態で練習試合に入れば、スイングスピードが落ちるリスクがある。その結果、打率を残せなければ、メンバー争いから脱落する。結果を出さないとメンバーに入れないシステムゆえに、ひとつひとつの取り組みの質が、徐々に落ちてしまう難しさがあった。「センバツ前の練習でもっと追い込んで、フィジカルや技術を上げることができれば、夏の結果も違ったかもしれません。マネジメント面での監督の失敗です」やはり、負けに不思議の負けはない。(続きは書籍でお楽しみください) Amazonはこちら 「甲子園優勝監督の失敗学」大利実KADOKAWA2024/7/31発売 関連記事 「自立とは自ら考え想像し、決断して実行すること」|甲子園優勝監督の失敗学(花咲徳栄・岩井隆監督)2025.9.24 学校・チーム 甲子園優勝監督の失敗学|日大三前監督・小倉全由2025.9.12 学校・チーム
元記事リンク:激しいチーム内競争のメリットとデメリット|甲子園優勝監督の失敗学(仙台育英・須江航監督)