強豪校、名門校を率いる監督たちも、かつては手痛い失敗を経験し、後悔したことがありました。その失敗や後悔はその後の指導にどのように生かされたのでしょうか? 今年の春のセンバツ大会で見事に優勝した、山梨学院高校の吉田洸二監督にお話を聞きしたインタビューの後編です。(聞き手:大利実)ホームルームの延長で甲子園を戦う――今春のセンバツを制したあと、「光高校(3回戦)との試合途中に、清峰でやっていた『ホームルームの延長のような野球を思い出しました』とコメントされていました。非常に印象的な言葉だったのですが、どのような心の変化があったのでしょうか。吉田 5回裏が終わったあと、部長(吉田健人先生/吉田監督の長男)に『これから、点が入るぞ』と言いました。何かこう、うまく言えないんですけど、2回戦で氷見、3回戦で光と、続けて県立高校と対戦させてもらう中で、清峰時代の自分を思い出したんですよね。もっと笑顔で、甲子園のこの雰囲気を楽しんでいたなと。――清峰の選手たちは、「お祭り」のような雰囲気で戦っていた記憶があります。吉田 清峰で甲子園に出たときは、「力を出せなかった」と感じた試合が一度もありませんでした。それどころか、いつもの「2割増」です。それが、山梨学院では甲子園でなかなか力を発揮できず、「2割引」になっていました。それは、監督である私の責任です。生徒たちの力を奪っていました。――清峰では甲子園通算13勝4敗と圧倒的な数字を収めていましたが、山梨学院では2022年まで2勝9敗でした。吉田 甲子園にはよく、「魔物がいる」と言われますが、その正体は球場の雰囲気や浜風などいろいろあると思います。その中のひとつに、「監督の心理」もあるんじゃないかなと。監督の表情や言葉が、得点に反映されやすい。だから、今回のセンバツは大会前から、「無理やりにでも笑顔で戦おう」と思っていたんです。その気持ちがあったから、光との試合で清峰時代の自分を思い出すことができたのかもしれません。――「何かを変えよう」という気持ちは、大会前からあったのですね。吉田 じつは昨年12月に、中学硬式のタイガースカップを甲子園球場に見に行ったのですが、阪神甲子園駅を降りて、甲子園の外壁を見ただけで具合が悪くなりました。ここまで負けていることを思い出してしまって……。夜も出かける予定をやめて、宿舎でゆっくり過ごしました。――トラウマという言葉が適しているかわかりませんが、それに近い感情でしょうか。吉田 この2週間後に、今度は部長がタイガースカップを見に行ったんですけど、山梨に戻ってきてから、「甲子園球場を見たら、具合が悪くなった……」と私に言ったんです。部長はまだ26歳の若者です。本来は憧れの場所である甲子園をそのように思わせてしまっている。ひどく責任を感じました。甲子園は楽しまないと力が出ない場所――今年のセンバツで優勝したことで、吉田監督自身、気付いたことはありますか。吉田 ありますね。「甲子園球場は、楽しまないと力が出ない場所」ということです。「絶対に勝ってやる!」と気合いを入れても、力が出る場所ではないと思います。――それは、「勝敗を度外視するわけではなく」ですね。吉田 そのとおりです。勝つための準備をとことんやったうえでの話です。「勝ちたい!」とみんなが思っている場所だからこそ、野球を楽しむ気持ちが大事。監督の心の持ちようや言葉によって、選手の心はどちらにも振れていくように感じます。自分自身わかっていたことではありますが、今回のセンバツで改めて実感しました。本当に光戦の後半からは、試合がうまく回り始めたというか、生徒たちが伸びやかに戦ってくれていました。――無類の強さを発揮する秋季関東大会のような流れで、得点が入っていましたね。吉田 山梨学院に来てから、甲子園で一度、本当に楽しく試合ができたのが、2020年の交流試合でした。トーナメントではなく1試合勝負だったので、「ここでこの選手が打ったら、得点が入るだろうな」という感じで、チームがワクワクするような打線を組みました。そうしたら、どんどん得点が入って、いい試合ができたのですが、私の中では「優勝がかかっていない交流試合だからできたこと」という感覚でした。そこで、監督が作り出す雰囲気がどれだけ大事か気付いていれば、よかったのですが。――センバツを制したことで、「甲子園で勝てない」と言われることももうなくなりますね。吉田 10年間、山梨にお世話になって、甲子園に出るたびに期待を裏切ってきたので、今回の優勝で少しは恩返しができたかなと思います。(写真:編集部) 関連記事 【山梨学院】「万全の準備」で臨むことの大切さを学んだ、初戦敗退2023.7.22 学校・チーム 【日大三】三木監督の失敗と後悔、高2秋に緩慢な守備で逃したセンバツ2023.7.19 学校・チーム
元記事リンク:【山梨学院】「交流試合」で気付かされた、監督が作り出す雰囲気の大切さ