68年夏の甲子園の全国制覇を含め、春夏計7度の甲子園出場を誇る興国高校。75年夏を最後に甲子園からは遠ざかり、すっかり大阪府内の“古豪”に位置づいているが、一昨夏の府大会の決勝戦で大阪桐蔭をあと1歩のところまで追い詰める戦いを見せ、高校野球のオールドファンをはじめ、観衆をおおいに沸かせた。練習で手伝いにはさせたくないチームの指揮を執るのは17年4月に就任した喜多隆志監督。高校野球ファンなら周知のように、智弁和歌山高校時代は全国制覇の経験があり、慶大へ進み、ドラフト1位で千葉ロッテに入団した華やかな経歴を持つ。プロ野球界を引退後は、アマチュア野球を指導する資格回復のため朝日大に通い、その傍らスポーツメーカーの営業も経験。資格習得後は、母校でコーチを経て今に至るが、喜多監督は指導者となった今の日々の方が性に合っているという。「プロを引退した4年間は一番しんどかったですね。その後の智弁和歌山で6年間コーチをしましたが、その当時を含めて幹がどんどん太くなって、意味のある時間だったと思っています。だから、興国での環境が合っているのかもしれません。人数が多いからこそ、野球がうまくても下手でも、何でもさせることができますしね。もちろん、ダメなことはしっかり叱ります。そこは追求しながらやっていきたいです」。 部員は100人を超える大所帯で、練習環境を確保するのも必死だ。野球部の専用グラウンドは大阪府枚方市にあり、大阪市天王寺区にある校舎から毎日バスで1時間ほどかけて移動する。3学年が揃うと部員が150名を数えることもあるが、3年生が引退した今も1年生だけで70人ほどが汗を流す。 寮は学校の敷地内にあり、野球部の入寮者は1学年で7、8人に限られる。府外からも電車通学がほとんどで、中には和歌山県橋本市から通学している生徒もいる。学校の最寄り駅が大阪環状線沿いにあり、交通アクセスが良いことも理由のひとつだ。 雨天等の事情で学校横のサブグラウンドを借りて練習すると、打球音や掛け声などで苦情が入ることもある。それでも「それだけ見てもらえているのはありがたいこと。そういう社会の厳しさを知ることも勉強のひとつですしね」と喜多監督は前向きに捉えている。 遅くても20時半にはグラウンドを出ないと生徒の帰りが遅くなってしまうため、練習が終わるのは20時頃と、練習時間は決して長くはない。シーズンオフの時期はスペースの関係上、枚方グラウンドとサブグラウンド組を日毎に入れ替えながら練習するが、日没が早いとやることが限られる。そんな中でも喜多監督が徹底していることがある。「全員平等にすることです。ただ、僕は同じ場所で一度に選手を見たいんです。特にメンバー(レギュラー格の実力を持つ選手)外の子はモチベーションの持ち方が難しいので、気になって仕方がないです。グラウンドでなかなか会えない子は授業外でも表情を見に教室に行ったりしています。実際は平等にできていないことに不満を持っている子がいるかもしれませんが、練習では手伝いにはさせたくないんです。練習環境を与えて練習をさせて1日を終えてもらいたいんです」。勝てば全員で喜び、負けたら全員で悔しがるチームを作りたい練習は基本的にメンバーが中心だが、夏のメンバーを外れると、6月末か7月に引退試合として3年生で紅白戦をする。それが一区切りとなり、受験勉強に切り替える子や練習の手伝いに来てくれる子もいる。選手によっては野球部から離れる子もいるが、そういう子は学校生活を満喫し、“普通の高校生”として生活を送る。だが、それも決して悪いことではないと指揮官は思っている。 興国では基本的に入部希望者全員を受け入れる。ボーイズの経験者もいれば、中学でいったん野球を辞めるも高校でまた野球がしたいと志す子もいる。「そういう子は途中でしんどくなったら休みがちになることもあります。そうなった時は僕自身が声を掛けに行きますが、現場を良くしようとすればどうしても手間がかかります。そこまで時間を取られそうになる子は正直、引き受けなくてもいいのでは、と思われるかもしれませんが、僕は体が動くうちはそういう子でも何とかしたいと思うんです。僕は今まで野球に何度も助けられました。人間力というか、そういうところは野球で学ばせてもらいました。それは野球が上手い、下手は関係ありません。途中で離れられるのが寂しくて、辞めようとする子を何とか止めたくなる。それでも辞める子はいますが、野球をやり切ったことによって、得られるものがありますし、将来に役立つものがあるのかなと思ので、辞めますと言われても、“はい、分かったと”は、やんちゃな子だったとしても言えません」。 指導者はコーチを含め計10名。基本的にBメンバー担当など、ある程度のカテゴリーで振り分けをしている。だが、指揮官は色んな指導者に見られることも必要だと思い、1人に任せるのではなく、違う視点も必要なため色んな指導陣から見てもらうようにしている。指導者も苦悩して孤独になってしまい、自分を見失ってしまうことを防ぐためだ。コーチ陣も同じ方向を向くことの重要性も感じている。「(智弁和歌山)高校時代は少数精鋭の中でやってきました(3学年で計30名)。勝ちにこだわるなら少数精鋭の方がやりやすいですよ。ただ、人数が多くても、全員を同じ方向に向かせて、ベンチ入り、ベンチ外関係なく、勝てば全員で喜び、負けたら全員で悔しがるチームを作りたいんです。絶対に難しいのは分かっているんです。でも、そこは僕の中でモチベーションにして現場に立っています。大人数の環境でも緊張感はありますが、緊張をほどいて、生徒との距離感を程よく作っていきたいんです。生徒はそれぞれ個性があるので、伝え方を変えて、道がそれぞれ違うからこそ僕も引き出しをたくさん持たないといけないと思っています」。(取材・文・沢井史/写真:編集部)*後編に続きます。
元記事リンク:【興国】野球エリートの監督が“全員平等”にこだわる理由