「友喜力」=「友や家族を喜ばせる力」 そんな人間・選手育成論を掲げ、春5回、夏5回の甲子園出場を果たし、史上最年少の三冠王・村上宗隆をはじめ通算14人のプロ野球選手を輩出した九州学院前監督、坂井宏安氏。そんな坂井氏の書籍から、第三章【友喜力】の一部を紹介します。自分のためではなく、友のために 私の指導者生活において、もっとも大切にしてきた言葉のひとつが「友喜力」(ゆうきりょく)だ。字が示す通り「友を喜ばせる力」、「友に喜んでもらうための力」という意味の、私が考案した造語である。自分のことだけを考えているのなら“今日はこのへんでいい。もうやめよう”と妥協することもあるだろう。しかし“自分だって試合に出たい”という気持ちを抑え、裏方に回ってくれているチームメイトがいる。応援してくれている、同じクラスの生徒たちがいる。そんな友人のことを思えば、物事をそう簡単に諦めることはできないはずだ。友人だけではない。子供の頃から毎日ティーを上げるなどして、練習を手伝ってくれたお父さんがいる。毎日お弁当を作ってくれたお母さんがいる。そもそも生徒は、親から授業料を払ってもらいながら好きな野球もやらせてもらっているのだから、それ以上の負担をかけるのは親不孝というものだ。頑張って野球に取り組むことで、恩を返していけばいい。だから私は、保護者の送り迎えを禁止にしていたのだ。つまり“俺たちはいつも支えてくれる人たちに喜んでもらうため、野球をやっているんだ”、“みんなと一緒に雄たけびを上げるためにやっているんだ”という思いを持って頑張ろう。それが私の掲げる「友喜力」なのである。誰もが甲子園のグラウンドに立つことを夢見て高校に入学してきたのだから、メンバーに選ばれないのは屈辱で、苦しいことだと思う。しかし、そんな挫折を経験していくのもまた大きな財産だ。そして、そこから立ち直り、チームの役に立てるポジションを自らの力で見つけ、最後まで尽くしていかないといけない。それも「友喜力」のひとつである。試合に出ている者は、まわりでサポートしてくれる仲間の力を強く感じ「チームメイトを喜ばせたい」と、「友喜力」を発揮する。試合に出ていない者は、自分が果たすべき役割の中で、チームのみんなで喜び合おうと自分の役割に全力を注ぐ。九州学院の選手が取材を受けた時「好きな言葉」、「大事な言葉」を聞かれたら、全員が「友喜力」と答えている。もちろん私が言わせたり、書かせたりしているわけではなく、彼ら自身がそうやって答えてくれるのだ。私の思いをすべての野球部員が理解してくれているようで、私自身もこの上ない幸せを感じるのである。また、この言葉を大事にしてくれているのは在校生だけではない。多くの卒業生もいろんな場面で「友喜力」を使ってくれたり、大事にしてくれたりしているのがたまらなく嬉しい。現在の村上宗隆も、まさに「友喜力」を体現してくれている。ベンチの中でも率先して声を張り上げ、チーム全体を鼓舞している。また、チームのためになるのならと、先輩に対しても積極的に意見する姿は、高校時代と何ひとつ変わりはない。いや、私が出会う中学時代からそういうマインドを備えた子だったらしい。村上は高校1年の夏に甲子園出場を果たした。4番を打ちながら4打数ノーヒット。守備でもエラーをするなど、本人にとっては苦い思い出になったかもしれない。村上自身もいまだに「自分のエラーで足を引っ張ってしまった」と言っているが、誰もそんなことを思っていないし、責める者もいない。むしろ、まわりは「ムネがいてくれたから、県で勝つことができたんだ」と言っている者ばかりだ。友に助けられ、友を助ける。そんな関係が、九州学院の野球部には定着しているのである。 Amazonはこちら 【目次】 第一章 創造性 野球、バドミントン、空手、柔道の指導で培った柔軟な発想銚子で学んだ「本気を伝える叱り方」/甲子園に存在する「3つの感動」 ほか第二章 親身 勝利者を育てた坂井流コーチング「怒る」と「叱る」は絶対に必要/長時間ミーティングは指導者の自己満足だ ほか第三章 友喜力 三冠王を育てた九学野球部のスローガン友喜力で掴んだ甲子園8強/「ウチには選手がいない」は絶対禁句 ほか第四章 教え子、村上宗隆 「臥薪嘗胆」、不屈の友喜力で日本の4番打者となった男長打一辺倒のバッターには育てなかった/歴史的56号誕生の背景にあったもの ほか第五章 一芸は身を助く 突出した才能を備えたスペシャリストたち一芸を伸ばす「末續慎吾コーチ」の存在/一芸選手こそ多芸でなければならない ほか第六章 九学野球の深層部分 坂井宏安の「野球論」と「打撃論」相手投手に100球以上投げさせるな!/速すぎるマシンは打たせない ほか第七章 新時代の野球界へ 高校野球、進化への提言「サイン盗み」に守られた選手に未来はない/選手の県外流出に思う、ルールの脆弱さ ほか 書籍情報 坂井宏安 (著)竹書房2023年3月3日発売/1760円
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