自粛を乗り越えた力。「生きる力」に。

自粛を乗り越えた力。「生きる力」に。

長引く休校。3カ月近く休部を強いられている全国の野球部の姿を、Timely!は「電話取材」という形で取材し、1日1話。短いツイッター原稿として配信してきました。難局打開をあきらめない指導者、選手たちは、ひたむきで逞しく、純粋かつアイディアに富んでおり、「令和の高校野球」を予感させる期待感に満ち溢れていました。 今日、日本高野連から甲子園大会中止の発表があり、高校球児の最大の目標が消えました。しかし、これまで取り組んできた彼らの努力は、必ずや、生きる力となって、この先の人生に役立つはずです。取材した数多くのチームの取り組みを、ここでもう一度振り返ります。そして彼らの「これから」にも、Timely!はエールを送り続けます。大ベストセラー「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎)にこんな一文がある。「僕たち人間は、自分で自分を決定する力を持っている」“おじさん”が中学生の甥っ子コペル君にどう生きるかを考えさせる言葉だ。今、この言葉をもう一度かみしめている。コロナ禍に翻ろうされ続けている約3カ月間。自宅にこもる日々の中で、選手たちの言葉や行動に驚かされてきたからだ。学校が休校となり、部活も休止。長い自主練習の期間に生み出した数えきれないほどの工夫。積み重ねた努力。それは電話取材という形でも、熱が伝わってくるものだった。「自分で考えて決定した」もの。休部中に得た経験は、必ずや生きる力になるはずだ。 新旧ハイブリッド型へ「いい経験」/福岡・県立城南 「野球部が休止になったとき、正直、何をしたらいいのかわかりませんでした。しばらく生徒を放任してみたんです。自分たちで考えさせようと。そしたら『生活リズムが崩れた』、『昼夜逆転してしまった』などの反省が続々と挙がってきました。『じゃあ、みんなで一緒に考えてみよう』と。生徒たちが意見を言い合うようになったのです」。福岡屈指の進学校、県立城南の中野雄斗監督が、オンラインミーティングを始めたきっかけを話してくれた。もともと「NextBaseball」をテーマに掲げ、新しい高校野球のスタイルを目指してきたチーム。休部はチャンスだと思った。先鋭的な取り組みで知られる神奈川・立花学園や都立小山台を2月に視察していたことも功を奏した。幸運なことに保護者の中にソフトバンクホークスのパーソナルトレーナーを務めていたプロがいたので、トレーニング動画を依頼。「プロ野球選手と同じでなくていい。高校生向けの内容で」とこだわってもらい、多数でテレビ電話ができるZOOMというシステムで共有した。パソコンの画面に選手たちのトレーニング姿が映る様は、今までみたことがないものに。「『野球のあたりまえ』が発展を止めている。いい経験になりましたね」と中野監督は言う。この経験を生かし、部活が再開したら新旧ハイブリッド型のチームを作り上げるつもりだ。 休校前に地元の百道浜で撮った集合写真。撮影はドローンを使って行った さまざまな職業経験が聞けたオンライン講義/神奈川・立花学園 取材依頼が止まらない。立花学園が1年かけてやってきたICT教育(情報通信技術を使ったコミュニケーション教育)が、ここへきて大ブレーク。「高校野球の立ち読み」として始めたツイッターもフォロワーが急増し「リモートベースボール」が全国で称賛された。志賀正啓監督は在宅ワークをしながら、ZOOMを使って毎朝7時に朝礼。一見、選手を管理しているように思うが、そうではなく「目覚ましアラームがわり」。「早起きを続けて、朝食を食べる。そのあとトレーニングする選手も多いようです。1日のルーティンワークができました」と説明する。ある時は「朝食を自分で作ってみよう」と呼びかけ、慣れない調理に挑戦する機会も与えた。商社マン、社会人野球選手、フィナンシャルプランナー、元CA、研究者…。オンラインを通じて、普段会えないような職業の人の話を聴くこともできた。これはちょっとした“職業体験”にもなっただろう。生徒が飽きないように、志賀監督は手法をどんどん変えていく。理科の先生で、神奈川出身。明治大学野球部時代から生態学や環境問題などを学んでいた33歳のアイディアマン。3月2日から続いている、長い自粛生活に潤いをもたらし、選手たちの発想力を引き出した。 「朝食を自分で作ってみよう」と呼びかけて集まった力作。朝カレーで攻める選手も キャッチボールでつなぐ女子マネ作のオリジナルムービーは、プロ顔負けの出来栄えだった 選手たちのアイディアと行動に、心動かされた指導者たち 「自粛中、生徒たちから多くのことを教えられた」と指導者が口をそろえる。宮城・名取北の榊良輔監督は「生徒からおススメの本を教えてもらった。昔読んだような高校生向き青春モノを久々に読みました。日誌を英文にして送ってくる生徒がいたりと、自己表現の方法は1つじゃないと教わりました。会ってなくても変化、成長を感じられてうれしかったです」。 「できることを一生懸命やろうとする意志が画面から使わってきた」(名取北・榊監督) 福岡・中村学園三陽の永井孝浩監督は「日誌の内容が薄かった日、ある生徒が『みんなが見よるのに、こんなんでいいと?』と(ZOOMで)厳しく指摘していた。仲間意識はこんなふうに高められるんだなと思った。仲がいいチームでしたが離れていても信頼の熱が伝わって、頼もしかったです」。 部活再開が6月1日に決まった中村三陽。新入生歓迎メッセージをグラウンドに描いた 神奈川・県立相原の那須野恭昂監督は「神奈川含む8県の休校が延長になったとき、もう一度気持ちを入れなおそうと個人目標を設定することになった。僕も減量2・6キロを宣言しました」と、選手との“共闘”を決意。 岡山・おかやま山陽の堤尚彦監督は「ピッチャー陣から自作のマウンドで投球練習をする動画が送られてきて、涙が出そうになりました。この子たちのためにも、環境だけは整えておかないとと思った」と、グラウンドやネットの補修に気合が入ったという。選手たちの思いに指導者たちが心動かされたこともあった。 「甲子園ではなく、野球を愛する」。おかやま山陽・堤監督の元に届いた選手からの言葉 神奈川・県立市ケ尾は母の日に「感謝をどう伝えたか」を菅澤悠監督に報告した。5月10日の夜、メールボックスに次々と写真や動画が届く。花や品物のプレゼント以外にも、お手伝い券や、マッサージ券、歌やキャッチボールなど多彩なアイディアが集まり、監督を驚かせた。「毎年この時期は県外遠征で忙しく母の日どころではない生徒もいたはず。ゆっくり家族と向き合う時間ができ、部活の在り方を考えるきっかけになりました」。ものごとを違う側面から考えることに気づかされた。 「5月10日」に母親の肩をもむ選手。市ケ尾の選手は母の日に家事を手伝う選手が多かった (文・樫本ゆき) 「『最後まで選手たちと向き合う』。諦めない指導者たち。」に続きます。

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