【聖光学院】野球を愛しているから目指す「心のなかの甲子園」

【聖光学院】野球を愛しているから目指す「心のなかの甲子園」

活字と写真と音楽がシンクロする。 <待ちわびた春。花を咲かせるべく冬を過ごした。なのに…休校になってしまった…> 2分52秒の短い動画がYouTubeに公開されたのは、4月21日だった。 それは、聖光学院の野球部部長である横山博英が、新型コロナウイルスの感染拡大で活動を自粛している野球部員に向けたメッセージである。前日に学校公式チャンネルを開設し、最初にアップされたのがこの動画だった。 <でも、俺たちはあきらめない!> そこには、強く、熱い言霊が宿っている。 電話取材に応じてくれた横山が、自らの手で作成した動画への想いを語る。「第一に『生徒らを元気づけたい!』という気持ちだよね。『お前ら、絶対に負けるなよ!』と伝えたかった。動画をアップした頃は学校も臨時休校が続いていたし、野球部も活動を自粛して寮を解散した直後だったから、精神力、技術、体力が落ちてしまうことを『コロナのせいにするんじゃないぞ!』と。困難とか不都合な出来事が起きた時こそ、人間の本質が出る。こういう情勢だからこそ、強くなるための試練だと思って、決意を持って日々を過ごしてもらいたいと」 春夏合わせて21回の甲子園出場。夏に至っては戦後最長の13年連続と連覇を継続する聖光学院において、横山は野球部の部長と下級生主体のBチームの監督を務め、斎藤智也監督の右腕として1998年から苦楽をともにする。2000年代初頭には、当時では珍しかったBチームによる練習試合を敢行し、東北地区の有志を募ってリーグ戦を実現するなど、高校野球の現場を常に改革。指揮官の斎藤からも全幅の信頼を置かれている。 その横山が、大会での敗北など選手たちが厳しい現実を突きつけられた際に、必ず伝えている訓示がある。「物事は必然のもとに成り立っている」 動画ではまさに、それを選手に再確認させ、克己させようと促していたのである。 3月から臨時休校していた聖光学院の登校が再開したのは、福島県の緊急事態宣言が解除されて5日後の19日。同じ日に野球部の全体練習も復活した。 光は、少しずつ見え始めていたはずだった。 翌20日。「夏の甲子園」と呼ばれる全国高校野球選手権大会、代表校を決める地方予選の中止が決まった。 聖光学院としては、スポーツ紙で「中止へ」と第一報が出された15日の時点で、斎藤と横山は部員たちに「覚悟を決めよう」と、選手たちにメッセージを伝えていた。 だからか、実際に甲子園、その挑戦権を奪われたことが現実となっても、部員たちに涙はなく、気丈に振舞っていたという。 ただ、横山は彼らの琴線を知る。自身が常に伝える訓示を体現するかの如く前を向く選手たちの、心の叫びを代弁した。「甲子園が全てじゃない。確かにそうだけど、生徒らにとっては甲子園が全てだったんだよ。高校を卒業して大学、社会人、プロで野球を続ける選手だっているけど、全国ほとんどの球児は高校で辞めると思うんだ。そう考えると、高校3年生は野球人生の晩年に差し掛かっているわけだ。だからこそ、球児は多くのものを犠牲にしてでも野球に打ち込んで、本気で甲子園を目指すんだよ。緊急事態宣言が解除されて、休校も解けて全体練習もできるようになった。コロナウイルスの感染者も日に日に減って収束してきているのに、甲子園は中止。他の競技の大会はもっと前に中止になっているけど、生徒らには残酷すぎるし、気持ちを推し量ることなんてできない」 聖光学院は昨秋、県大会初戦で学法石川にコールド負けの屈辱を味わわされた。「夏こそは!」とシーズオフに心身ともに鍛え、監督の斎藤と横山から「いいチームに仕上がっていると思う」と頷かせていた矢先の中止だけに、彼らの失望を簡単には斟酌できない。 〝見えない敵〟に翻弄される今だからこそ、横山は指導者としての力が試されると言う。「俺たちが生徒たちにどういうメッセージを伝えていくかが大事だし、世の中から問われていることだと思う」 スタートは、あの動画だった。 もちろん、野球部員たちは全員視聴した。夏の甲子園が中止になる前から、指導者たちのメッセージは伝わっている。 だから、横山はストレートに自分の想い、願いを選手に送ることができる。「甲子園が全てじゃないけど、甲子園があったからこそ、ここまで頑張ってこられたんだよな。大会は中止になったけど、『目指せ甲子園!』って言えたらかっこいいよな。心のなかにある甲子園にたどり着くために、これから頑張っていこうな」 主将の内山連希に告げると、それは瞬く間に広がった。他の部活動の顧問から「内山が『心の甲子園を目指す』と言っていました」と教えられた時は、心から嬉しかった。 心のなかの甲子園。 それは、聖光学院のみならず、全国の高校球児が新たに目指す場所なのかもしれない。 はきはきと話していた横山の声に、温かみが帯びる。言葉は、親心に満ちていく。「本気になれるのは、甲子園を愛しているんじゃなくて野球を愛しているからなんだよ。『いつから始めた?』と聞くと、だいたいチームの名前を挙げるだろうけど、本当はお父さんやお兄さんとか、家族とのキャッチボールが最初なんだよ。そこから、野球人っていうのは人格形成が始まっていると思うんだ。甲子園に行けなかったけど、甲子園だけが全てじゃない。その価値観っていうのは、これから試されるんじゃないかな」 動画は、最後にこう結ばれている。 <親愛なる君たちへ> そのメッセージは、聖光学院から野球を愛する全ての者に届けられる。(文・写真:田口元義) (聖光学院高校公式チャンネル) 関連記事 「最後まで選手たちと向き合う」。諦めない指導者たち2020.5.20 企画 自粛を乗り越えた力。「生きる力」に。2020.5.20 企画

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